母がスナックへ行かない平日夜や休日は、家に数人の東南アジア人が来てたむろしていた。
その中に日本人の男性がいた。Kさん。

Kさんは母が何処かに出掛ける時によく車を出してくれる人。

昔ある競技の選手だったが、やめてから太って写真から面影は感じ取れなかった。

Kさんの子供は成人して家を出ているので、両親と奥さんと一緒に住んでいる。

Kさんの父か祖父のお金で生活しているので、建築のアルバイトをたまにするくらいでいつも時間に余裕があるように見えた。

Kさんはデリカシーのないスケベおやじで、いつもひらなりの肘の内側や膝の辺りの肉を摘んでは、
「ゆめの ○○○ちょ はこうか!?ガハハ」とセクハラ行為をする。

そこへ指を挟み、大人になったらこういう事をするだの気持ちいいだの言われるが、興味無かったし苦手な人だったので適当に流していた。

そして性行為のジェスチャーを取りながら「アオカンは気持ちいいぞー。大人になったらやらせてな」と母や大勢の前でも言う。

母やKさんの周囲の人は、野外室内行う場所関係なく性行為全てをアオカンと呼んでいました。多分、セックスと言う言葉は東南アジア人には発音しづらいのでしょう。

Kさんは小5になるまで、腕や太ももで女性器を模する行為より先の行為は一切しなかったので、過激な発言の割にまだ分別がある方なのかなと思いました。

Kさんは東南アジアに彼女が居ました。
彼女とは言ってもお金で買ってるみたいでした。

彼女とのやり取りは大体母を通しています。

Kさんは現地語があまり話せない、彼女も日本語は話せない、だから通訳なのだろうと思っていました。
ひらなりは多分とても鈍感なのです。

家には3列シートの錠剤や坐薬のような大きさの薬がたくさんありました。

母を慕っているお姉さんにそれを渡したりしていたし、乳首や乳輪をピンク色にする薬など、パッケージがモロにそういうクリームもあった。

今では、それらが避妊用飲み薬と病気を治す抗生剤だったのが分かるが、当時小学生の子供が分かるはずもない。

状況証拠から、母が[慕われていた]理由が何となく分かったのはそれから数十年先でした。

母が夏頃にプレゼントをくれた。
ピンクの花柄の水着と、黒いベルベットのネックレスだ。

ベルベットのネックレスはつけるとまるで猫の首輪みたいだ。

「それでプールに行こうね」「うん!行く!」

次回かその次辺りはdark side 作品行きです。



ランキングサイトのクリックをお願いします。

にほんブログ村

FC2 ブログランキング


☆お願い☆
平成遊女は皆様からいただいた【polcaご支援金】【CAMPFIREご支援金】で活動しております。長く活動できるように、そして活動に必要な設備を整える為にも、ご支援をお願いします。→ただいま準備中です。